六十余州 武家屋敷紀行

~隔月で第3土曜日に更新~

vol.64 【但馬国 出石藩】家老屋敷

f:id:kan-emon1575:20180423165759j:plain

【居住者】出石藩家老

【所在地】兵庫県豊岡市出石町98-9

【関連サイト】http://www.izushi.co.jp/karouyasiki/

 

 十数年ぶりに仙石氏3万石の城下町出石を訪ねました。現存する家老屋敷が3年前にリニューアルオープン。景観への配慮か木々などが取り払われ、建物全体がよく見渡せるようになっていました。前回はじめてきたときはゴールデンウィークの観光客で混雑気味でしたが、今回は休暇をとってのウィークデー。落ち着いた雰囲気を堪能できました。

 仙石騒動の中心人物だった仙石左京(1,500石)の屋敷地であるため、「左京屋敷」とも呼ばれているようですが、現在の建物の建築年代、実際の居住者については、パンフレットなどにも記載がなく、よくわかりません。昭和59年(1984)刊行の『出石町史』に掲載された写真では「旧仙石主計居宅」とされていました。左京とは別系のこの家老家は幕末の家禄が650石。屋敷規模としては、そのくらいの水準であるように思います。

 8畳ほどの同じような部屋が表側と奥側にそれぞれ5部屋ずつ均一に並ぶ間取り。台所などがなく、やや生活感に欠ける感じもします。家老屋敷としての風格はありますが、だいぶ改築されていて、すべてが旧状通りというわけではなさそうです。ちなみに『出石町史』の写真には「現町教育委員会事務局」ともありました。一般公開がはじまったのは平成2年(1990)のことで、長らく居住目的以外で使われていたようです。

 出石は桂小五郎が潜伏していたことでも知られていますが、インパクトの大きな出来事といえば、やはり仙石騒動でしょうか。行きの列車で海音寺潮五郎さんの『列藩騒動録』を読み、改めて政争のすさまじさに衝撃を受けたような思い。家老屋敷には隠し部屋がありましたが、何か生々しさすら感じました。

(2018年4月訪問) 

 

f:id:kan-emon1575:20180423154215j:plain

 長屋門

 

f:id:kan-emon1575:20180423153536j:plain

 玄関部分。正面からは平屋建てに見えますが、実は二階建て。

 

f:id:kan-emon1575:20180423153335j:plain

 屋敷内には様々な展示物。

 

f:id:kan-emon1575:20180423152255j:plain

 仙石左京?

 

f:id:kan-emon1575:20180423152514j:plain

 「隠し二階」に通じる階段。

 

f:id:kan-emon1575:20180423152614j:plain

 隠し部屋にしては、なかなか広々とした二階。

 

f:id:kan-emon1575:20180423153849j:plain

 隠し部屋といっても、裏から見ると一目瞭然。

 

f:id:kan-emon1575:20180423161359j:plain

家老屋敷からは谷山川を隔てた場所に位置する出石歴史文化交流館。足軽長屋の遺構だそうですが、かなり改築されていてイミテーションのような印象です。私の少年時代の愛読書『城郭と城下町』(小学館)を読み返してみると、同じものと思われる足軽長屋の写真がありました。当時はもう少し幅もあり、旧状通りだったようです。