六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.36 【長門国 萩藩】毛利家中の武家屋敷(大組編②)

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【高杉邸】居住者:高杉晋作(世子付奥番頭/200石)

  http://hagishi.com/search/detail.php?d=100001

【村田邸】居住者:村田清風(当役相談人/161石)

  http://www.hagishi.com/search/detail.php?d=100041

【坪井邸】居住者:坪井九右衛門(当役相談人/157石)

  http://www.oidemase.or.jp/tourism-information/spots/15410

【奥平邸】居住者:奥平市太郎(300石)

  http://www.hagishi.com/search/detail.php?d=1100156

【馬來邸】居住者:馬來杢(361石)

【佐伯邸】居住者:佐伯丹下(奥番頭/125石)

 

 引続き大組のお屋敷。今回は500石以下の家々ですが、高杉、村田、坪井など、いずれも藩政の中枢にあって、歴史に名を残した大物です。大河ドラマ「花燃ゆ」でも活躍している楫取素彦木戸孝允なども大組。中級藩士ながら実務官僚として、実際に政治を動かした階層と言えそうです。

 それにしても高杉邸は、随分簡素な門構えです(最上部写真)。家禄200石は高禄とは言えないまでも歴とした知行取。晋作の父高杉小忠太は奥番頭や直目付、維新後も大監察や権大参事などの要職を歴任しており、もう少し立派なものであってもよいような気もします。別に長屋門などの正門があったのでしょうか。少し気になるところです。

 萩藩の大組に関して、山口県のホームページに文化振興課による詳しい解説があり、なかなか参考になります。明治維新の原動力を生み出したものは、行政の仕組みにもあったのかもしれません。

 http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a19300/ishinshi/topics8.html

(2015年7月訪問)

 

 

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高杉邸の主屋。当時は500坪ほどの敷地があったようですが、現在は半分程度。入口には「高杉晋作誕生地」と「高杉春樹旧宅地」の2つの碑が建っており、あくまで高杉小忠太(春樹)の邸宅と考えるべきかもしれません。

 

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 財務官僚として藩政改革を主導した村田清風の別宅跡。長屋門と敷地が残されており、萩市指定史跡となっています。

 

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坪井九右衛門の旧宅。村田清風失脚後、椋梨藤太と藩政の実権を握った九右衛門も、やがて失脚し野山獄で処刑。現在は個人宅ですが、長屋門、蔵などが残されています。

 

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 二番隊長として萩の乱に加わった馬來杢の旧宅跡。門と長屋が残されています。

 

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 萩市指定有形文化財の奥平家長屋門萩博物館には同家の甲冑が展示されていましたが、解説によると中津藩主奥平家の一族だそうです。ちなみに向かいは周布政之助の屋敷。

 

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 直目付や奥番頭等の要職を務めた佐伯丹下の旧宅。木戸孝允の生家である和田邸の隣りにあります。