六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.12 【上野国 安中藩】猪狩邸

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【居住者】猪狩幾右衛門(安中藩郡奉行/60石)

【所在地】群馬県安中市安中3-6-9

文化財指定】安中市指定重要文化財

【関連サイト】http://www.city.annaka.gunma.jp/kanko_spot/daimyou_bugyou.html

 

 安中藩郡奉行の役宅は、前回の武家長屋と道を挟んで隣りに位置します。長屋門は茅葺の簡素なものですが、安中藩では長屋門を構えた武家屋敷はわずかに7軒。部屋数は多くありませんが、敷地は470坪ほどあり、60石取りの屋敷としては広いように思います。

 幕末の居住者である猪狩幾右衛門は、『安中市史』によると当初は僅か8石3人扶持ながら、安政5年(1858)に郡奉行助勤となって足高50石。後に新知として50石、さらに明治になって60石と昇給しています。慶応4年(1868)には、幾右衛門率いる安中藩兵が、「偽官軍」とされた赤報隊の幹部を領内の坂本宿で討ち取り、幾右衛門は報奨として金一千疋を拝領しています。 

 猪狩邸から徒歩30分程のところに、安中藩士だった新島襄の実家も残っていますが、慶応4年に国元へ引き揚げてきた江戸詰の藩士たちのために、猪狩幾右衛門が普請奉行となって建築した官舎のひとつだそうです。明治7年(1874)、10年ぶりに帰国した新島襄は、その官舎で家族との再会を果たしたとのことです。

(2013年10月訪問)

 

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式台の付いた玄関。建物の端のほうにあり、小さめで目立たないので、あまり玄関という感じがしません。

 

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 手前は台所で、流しの排水溝が付いています(戸の下)。あちこちに貼られた「禁煙」が、景観上イマイチです。

 

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 「ジョウダン」と呼ばれる座敷。床の間には猪狩幾右衛門の肖像画が飾られていました。