六十余州 武家屋敷紀行

~隔月で第3土曜日に更新~

vol.81 【武蔵国】旗本屋敷跡

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【居住者】富永権左衛門(旗本/500石)

【所在地】東京都千代田区富士見2-3-16

 

 緊急事態宣言が解除されたら、今度は「まん延防止等重点措置」とかで、まだ大手を振って遠出が出来そうな感じではありませんが、近場で面白いものを見つけました。飯田橋駅そばの日本歯科大学附属病院に位置する旗本屋敷跡です。

 直参だった富永家の屋敷跡。建物は何も残っていませんが、説明版にある在りし日の長屋門の写真と、屋敷内にあったものと思われる石碑が、妙に当時の想像をかき立てます。説明版に書かれた富永権左衛門の名を手掛かりに、『寛政重修諸家譜』で調べてみると、将軍徳川秀忠の時代から続く大番の家筋でした。 富永家は早雲以来の後北条氏の家臣で、後北条氏滅亡後に富永主膳重吉が徳川家康に仕え千三百石。権左衛門家は重吉の次男権左衛門重利を祖とする分家で、代々五百石を領していたようです。

 それにしても、久しぶりに来た飯田橋。モダンな新しい駅舎、高層ビルにタワーマンションと、風景が様変わりしていて驚きました。そんな中に古い時代の面影。歴史というものをより実感させられたような、そんなぶらり散歩でした。

(2021年4月訪問) 

 

f:id:kan-emon1575:20210410151732j:plain石碑には「下乗」の文字。道教の神を意味する言葉だそうです。

  

f:id:kan-emon1575:20210410151420j:plain長屋門の写真は昭和30年(1955)の撮影とのこと。山形県に移築されたそうですが、現存していれば見てみたいところです。

 

f:id:kan-emon1575:20210410152237j:plain近くの道端に立てられていた古地図に「富永八五郎 五百石」(中央)。敷地は591坪とあり、隣家は武蔵金沢藩主(六浦藩)米倉家の上屋敷だったようです。