六十余州 武家屋敷紀行

~隔月で第3土曜日に更新~

vol.98 【摂津国】与力の役宅門

【居住者】中嶋藤内(大坂東町奉行所与力/蔵米80石)
【所在地】大阪府大阪市北区天満

 

 ちょうど1年前になりますが、大坂町奉行所の与力の役宅門を見てきました。造幣局の敷地内にあり、とりあえず正門に行って守衛の方に尋ねてみたら、現地まで連れていってくれました。職員家族の官舎があるエリアで、かつては奉行所役人の官舎があったというのも不思議な感じです。

 大坂町奉行は東町と西町があって、それぞれ与力30騎と同心50人が配属され、役高は奉行が1,500石(別途役料が600石)、与力は蔵米80石(知行高だと200石相当)、同心は10石3人扶持。長屋門の住人(ネット情報では中嶋藤内)は東町所属の与力で、前回のブログで取り上げた川路聖謨は東町の奉行を務めた時期もあるので、上司ということになるでしょうか。蔵米取ながらも、なかなか立派な長屋門でした。

 近くには洗心洞跡碑。陽明学者として知られた大塩平八郎が自宅内に設けた私塾です。大塩もまた東町の与力で、長屋門の住人とはご近所。歴史に名を残した大塩平八郎の乱は、与力仲間の間にも大きな衝撃を与えたことと思いますが、現在の平穏な住宅地には、なかなか想像も浮かびません。

 ところで、何年も前のブログを振り返ると、vol.70林良斎は大塩門下の陽明学者、vol.17鷹見泉石は大塩捕縛の責任者。いろいろ繋がりますが、それだけ随分いろいろなところを訪ねてきたんだなあという気もします。ブログを始めて10年を超え、更新100回を目前にして、少し感慨深くもなりました。

(2023年2月訪問)

 

 

与力の役宅門。特に標柱や説明板はありません。ネット情報もオフィシャルなものは見当たらず、もう少しいろいろ調べてみる余地はありそうです。

 

広大な造幣局の敷地は入口が限られ、部外者がフラッと入っていける感じではないです。

 

大塩邸跡地でもある洗心洞跡。図書館でたまたま目にした森鴎外の小説『大塩平八郎』を借りてきて、読み始めたところです。