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六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.34 【長門国 萩藩】毛利家中の武家屋敷(寄組編)

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【口羽邸】居住者:口羽飛騨(1,018石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=100021

【繁沢邸】居住者:繁沢石見(1,024石)

   http://machihaku.city.hagi.lg.jp/satellite/horiuchi/index.htm

【児玉邸】居住者:児玉主税(3,084石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=1100152

【梨羽邸】居住者:梨羽兵部(3,218石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=100015

【益田邸】居住者:益田伊豆(3,975石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=100019

 

 萩藩特集の第2弾は寄組のお屋敷。一門6家、永代家老2家に次ぐ格式で、千石以上の家は家老になる資格があったそうです。なかでも口羽家長屋門(上部写真)は、萩藩の江戸屋敷で使われていたものと伝わるだけあって立派。大河ドラマ「花燃ゆ」でも門前のシーンが何度かありましたが、主屋とともに国の重要文化財に指定されています。

 上士層であるはずの寄組の人たちも、「花燃ゆ」では出番なし。藩の重役として描かれた周布にしても椋梨にしても、あるいは藩主に版籍奉還をせまるほどの立場になる桂にしても小田村にしても、家禄は100石にも満たず、寄組との格差は歴然。もはや実力主義の時代だったということなのかもしれませんが、歴史の陰に隠れがちな彼らの考えも聞いてみたい気がします。

(2015年7月訪問)

 

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 口羽家主屋の入口部分。玄関の間はわずかに2畳。立派な門構えとは対照的で簡素な建物ですが、スタッフの方に聞いてみたら、ご隠居が住んだ離れだったようです。

 

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 口羽家長屋門の門番所。奥は馬小屋として使われていたそうです。

 

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阿川毛利家の分家である繁沢家の長屋門。はす向かいには益田家の物見櫓。

 

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 児玉家の長屋。内部も見学できます。

 

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 小早川家の庶流である梨羽家の茶室。年末の城内煤払いの際、殿様がここで休憩されたそうで、「煤払いの茶室」とも言われています。

 

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市指定有形文化財の 問田益田家土塀。230mにも及ぶ長さは、屋敷の広さを実感できます。何故か、白く上塗りされている部分は気になります。