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六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.33 【長門国 萩藩】毛利家中の武家屋敷(一門・永代家老編)

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【福原邸】居住者:福原越後(永代家老/11,314石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=100022

【益田邸】居住者:益田右衛門介(永代家老/12,063石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=100018

厚狭毛利邸】居住者:毛利能登(一門/8,371石)

   http://hagishi.com/search/detail.php?d=100028

 

 羽田空港までのモノレールで、はす向かいの座席の某有名代議士に驚き、フライト待ち時間のワールドカップ決勝中継で、なでしこジャパンの大敗に落胆しつつ、いざ山口へ。少し早い夏休みをとって、久しぶりに萩へ行ってきました。

 武家屋敷街の風情を色濃く残す萩は、私にとって大変魅力的な町ですが、偶然にも前日、城下町は世界遺産に認定されていました。今年の大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台でもあり、まさに旬なタイミング。このブログでも、しばらく萩を特集したいと思います。

 初回は、萩藩家臣団のトップにあった御一門と、それに準じる家格たる永代家老のお屋敷。いずれも大名並みの知行高を誇る家だけあって、部分的な遺構ながらも、格式の高さを感じさせます。やや傷みが気になりましたが、高禄家臣の屋敷遺構は全国的にも多くはないので、貴重な文化財として大事に保存していただきたいものです。

(2015年7月訪問) 

 

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 永代家老福原家の書院。表門(最上部写真)の残る屋敷跡から萩城址に移され、保存されています。

 

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 書院の内部。福原家は禁門の変の責任を負って切腹した福原越後が有名ですが、彼は徳山藩主毛利家の出身。支藩から福原家の養子となったことが、彼の運命を左右し、また歴史に名を残すことになったと言えるかもしれません。

 

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 永代家老益田家の物見櫓。福原越後とともに切腹した益田右衛門介が知られています。それにしても武家屋敷に櫓とは。城郭のようなお屋敷だったのだろうかと想像してしまいます。

 

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国指定重要文化財厚狭毛利家長屋。安政3年(1856)の建築。屋敷地は15,500平米にも及ぶ広さだったそうです。

 

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長屋と言えど、式台付玄関もあって立派なものですが、家臣の詰所として使われていたようです。