六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.32 【越後国 村上藩】 内藤家中の武家屋敷

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【若林家住宅】居住者:若林佐市郎(150石)/国指定重要文化財

   http://www.iwafune.ne.jp/~osyagiri/

【旧岩間家住宅】居住者:須貝勝太郎/村上市指定有形文化財

   http://www.sake3.com/spot176.html

【旧嵩岡家住宅】嵩岡五郎左衛門(100石)/村上市指定有形文化財

 

 村上は徳川家康の異母弟の血筋とされる内藤家5万石の城下町。瀬波温泉に1泊後、市内に点在する武家屋敷を散策してきました。いずれも茅葺屋根で簡素な造りですが、周囲の山々の風景と相まって、個人的には藤沢小説の海坂藩を思い起こさせるような趣も感じます。

 まいづる公園には、以下に掲載の岩間・嵩岡両家の旧宅のほか、旧藤井家住宅(藩政期は重野兵馬旧宅/250石)が移築保存されていますが、この公園は現皇太子ご夫妻のご成婚を記念したもの。雅子皇太子妃のご実家小和田家は村上藩士で、公園内に屋敷が残る嵩岡家はご親戚だそうです。旧藤井家住宅は、少し離れた位置にあって見落としてしまいました(残念)。

 戊辰戦争のとき、村上藩では新政府に従うか否かで家中が分裂し、19歳の藩主内藤信民は苦悩の末に城内で自殺。抗戦派の家老鳥居三十郎は敗戦後処刑、その処刑前には恭順を主導した重臣江坂与兵衛が暗殺。激動の歴史をたどると、これらの武家屋敷も、その生き証人であるかのように見えてきます。

(2015年4月訪問)

 

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 物頭などを務めた若林家の表玄関。最上部の写真は屋敷全景。

 

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 若林邸内部。右手が表玄関部分。

 

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 村上藩士須貝家の屋敷だった旧岩間家住宅。もともと長屋形式だった建物を、幕末に一戸建ての屋敷に改築しているようです。

 

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 皇太子妃の祖母方の親戚筋にあたる嵩岡家の旧宅。縁側につるされているのは、伝統的な村上の名産品として知られる「塩引き鮭」。