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六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.28 【肥前国 佐賀藩】神代鍋島邸

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【居住者】鍋島孫四郎(佐賀藩家老/6,262石)

【所在地】長崎県雲仙市国見町神代丙103-1

文化財指定】国指定重要文化財

【関連サイト】http://www.nagasaki-tabinet.com/guide/498/

 

 前回の大村を後にして、諫早で「御書院」(佐賀藩重臣諫早家の屋敷跡)と昨年開館した諫早市美術・歴史館を見学後、島原鉄道に乗って神代(こうじろ)へ。修復保存工事が完了し、昨年から内部公開がはじまった神代鍋島邸を見に行ってきました。

 神代鍋島家は、佐賀藩鍋島直茂の庶兄信房にはじまる家老の家柄。佐賀藩の分限帳には2,505石とありますが、佐賀藩は「物成」で表記されることが一般的らしく、四公六民の「知行高」に換算すると6,262石。300人近い在郷家臣団とともに、江戸時代を通じて神代の領主の立場にあったそうで、慶応元年(1865)の建築とされる長屋門(上部写真)は、大名の陣屋のような風格があります。

 平日とあって見学者は私一人でしたが、気さくなスタッフの方が邸内を案内してくれました。翌日、島原の武家屋敷を散策中、目の前で止まった車から「こんにちは」と挨拶されたのですが、よく見れば、なんと鍋島邸のスタッフの方。神代から電車で30分はかかる距離での再会は奇遇でしたが、旅のちょっとした思い出になりました。

(2015年2月訪問)

 

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鍋島邸の表玄関。主屋は昭和5年(1930)に建てられたものですが、領主時代を彷彿させるような立派な武家建築です。

 

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 かつての城跡である丘陵地の地形を利用した枯山水庭園。屋敷の内部は撮影不可でしたが、広く立派なお屋敷です。

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 鍋島邸全景。右手部分の表玄関をはじめ大半は昭和のものですが、左手の茅葺屋根の建物は、万延元年(1860)の建築。隠居棟だったそうです。