六十余州 武家屋敷紀行

~毎月第3土曜日更新~

vol.50 【武蔵国】江戸の大名屋敷(大老編)

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【堀田家江戸屋敷】(佐倉藩10万石)

  所在地:東京都世田谷区豪徳寺2-24-7(豪徳寺

【井伊家江戸屋敷門】(彦根藩35万石)

  所在地:同上

【酒井家江戸屋敷門】(姫路藩15万石/文京区指定有形文化財

  所在地:東京都文京区向丘2-1-10(西教寺

 

 今回は「大老編」として大名屋敷を取り上げてみました。豪徳寺には堀田家と井伊家、西教寺には酒井家の江戸屋敷遺構とされる建築物(移築)が残っています。いずれも大老になる資格を有する名家。堀田家は江戸城内で暗殺された大老堀田正俊(当時は下総古河藩)、酒井家は「下馬将軍」と言われた大老酒井忠清(当時は上野厩橋藩)が有名です。

 しかし大老と言えば、やはり井伊家でしょうか。臨時職である大老の歴代10名のうち、その半数は井伊家。彦根藩領の世田谷にある豪徳寺は、大老井伊直弼をはじめ江戸で亡くなった井伊一族の墓所がありますが、境内には江戸屋敷のものといわれる赤塗りの門が移築されています。先日行ってみたのですが、大河ドラマ「おんな城主直虎」がはじまったこともあってか、思った以上に多くの人が来ていました。

 井伊家ゆかりの豪徳寺ですが、このブログの趣旨で一番の見どころと言えるのは、本堂の裏手にある書院。この建物は、日比谷図書文化館で開催中の特別展「発掘された大名屋敷」で、「伝佐倉藩堀田家屋敷御殿」と紹介されていました。建築年代は19世紀だそうで、唐破風屋根の玄関など大名の邸宅らしい雰囲気を感じさせます。境内には特にそれを説明するものはありませんでしたが、建物全体が遺構であるのかどうかなど、もう少し情報を得たいところです。 

 

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 佐倉藩邸の遺構とされる建物。堀田家から大老になったのは堀田正俊ただ一人ですが、幕末の佐倉藩堀田正睦は、老中首座として多難な政局を主導しています。

 

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 彦根藩邸で使われたとされる門。屋敷内の仕切門のようなものだったのでしょうか。(以上、2017年1月撮影)

 

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 姫路藩邸で使われたとされる門。幕末の藩主酒井忠績江戸幕府最後の大老。明治7年(1874)に移築されたとのことですが、関東大震災前までは瓦葺だったようです。(2016年11月撮影)